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十 - 20

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「ええ、聞きに行きましょう。実は二三日中(にさんちうち)にちょっと帰國しなければならない事が出來ましたから、當分どこへも御伴(おとも)は出來ませんから、今日は是非いっしょに散歩をしようと思って來たんです」
「なに金田だって構やしません、大丈夫です」
「いたずらは、たいがい常識をかいていまさあ。救っておやんなさい。功徳(くどく)になりますよ。あの容子(ようす)じゃ華九九藏書厳(けごん)の滝へ出掛けますよ」
「そうか帰るのかい、用事でもあるのかい」
「何、これが時代思潮です、先生はあまり昔(むか)し風(ふう)だから、何でもむずかしく解釈なさるんです」
「そんな悪るい、不道徳な事をしたから」
「まさか」
「虎かい」
「何で退校になるんです」
「へえ、それであんなに悄々(しおしお)としているんですか、気の小さい子と見えますね。read.99csw.com先生何とか雲っておやんなすったんでしょう」
「何、不道徳と雲うほどでもありませんやね。構やしません。金田じゃ名譽に思ってきっと吹聴(ふいちょう)していますよ」
「それならそれでいいとして、當人があとになって、急に良心に責められて、恐ろしくなったものだから、大(おおい)に恐縮して僕のうちへ相談に來たんだ」
「そう。それじゃ出ようか」
「しかし愚(ぐ)read•99csw.comじゃないか、知りもしないところへ、いたずらに艶書(えんしょ)を送るなんて、まるで常識をかいてるじゃないか」
「本人は退校になるでしょうかって、それを一番心配しているのさ」
「ええちょっと用事が出來たんです。――ともかくも出ようじゃありませんか」
「それでどうです上野へ虎の鳴き聲をききに行くのは」
「さあ行きましょう。今日は私が晩餐(ばんさん)を奢(おご)ります九_九_藏_書から、――それから運動をして上野へ行くとちょうど好い刻限です」としきりに促(うな)がすものだから、主人もその気になって、いっしょに出掛けて行った。あとでは細君と雪江さんが遠慮のない聲でげらげらけらけらからからと笑っていた。
「それもそうだね」
「そうなさい。もっと大きな、もっと分別のある大僧(おおぞう)共がそれどころじゃない、わるいいたずらをして知らん面(かお)をしていますよ。https://read.99csw.comあんな子を退校させるくらいなら、そんな奴らを片(かた)っ端(ぱし)から放逐でもしなくっちゃ不公平でさあ」
「とにかく可愛想(かわいそう)ですよ。そんな事をするのがわるいとしても、あんなに心配させちゃ、若い男を一人殺してしまいますよ。ありゃ頭は大きいが人相はそんなにわるくありません。鼻なんかぴくぴくさせて可愛いです」
「そうだな」
「君も大分(だいぶ)迷亭見たように呑気(のんき)な事を雲うね」