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十一 - 15

十一 - 15

「なに沢山のうちを三本だけ持って來たのです」
探偵と雲う言語(ことば)を聞いた、主人は、急に苦(にが)い顔をして
「なに大丈夫です、探偵の千人や二千人、風上に隊伍を整えて襲撃したって怖(こわ)くはありません。珠磨(たます)りの名人理學士水島寒月でさあ」
「熊坂長範(くまさかちょうはん)くらいなものだろう」
「なに鴛鴦歌は都合によって、こちらへ向け易(か)えてもよろしゅうございます。金田家の結婚式にはまた別に作りますから」
「元來いつどこで結婚したんだ」と主人は予審判事見たような質問をかける。
「そりゃ少し義理がわるかろう。ねえ迷亭」
「へへへへいろいろ御心配をかけて済みませんが、もう博士にはならなhttps://read•99csw•comいでもいいのです」
「それ見たまえ、君が博士になるかならないかで、四方八方へ飛んだ影響が及んでくるよ。少ししっかりして、珠を磨いてくれたまえ」
「なぜって、私にはもう歴然(れっき)とした女房があるんです」
「どうする気でもありません」
「いや、こりゃえらい。いつの間(ま)に秘密結婚をやったのかね。油斷のならない世の中だ。苦沙彌さんただ今御聞き及びの通り寒月君はすでに妻子があるんだとさ」
「いつって、國へ帰ったら、ちゃんと、うちで待ってたのです。今日先生の所へ持って來た、この鰹節(かつぶし)は結婚祝に親類から貰ったんです」
「わるくもないさ。ほかへやりゃ同九*九*藏*書じ事だ。どうせ夫婦なんてものは闇の中で鉢合せをするようなものだ。要するに鉢合せをしないでもすむところをわざわざ鉢合せるんだから余計な事さ。すでに余計な事なら誰と誰の鉢が合ったって構いっこないよ。ただ気の毒なのは鴛鴦歌(えんおうか)を作った東風君くらいなものさ」
「さすが詩人だけあって自由自在なものだね」
「それで金田の方はどうする気だい」
「たった三本祝うのはけちだな」
「ひやひや見上げたものだ。さすが新婚學士ほどあって元気旺盛(おうせい)なものだね。しかし苦沙彌さん。探偵がスリ、泥棒、強盜の同類なら、その探偵を使う金田君のごときものは何の同類だろう」
「子供はまだですよ。そう結婚して一とread.99csw.com月もたたないうちに子供が生れちゃ事でさあ」
「じゃ御國の女だね、やっぱり色が黒いんだね」
「ふん、そんなら黙っていろ」と申し渡したが、それでも飽(あ)き足らなかったと見えて、なお探偵について下(しも)のような事をさも大議論のように述べられた。
「まだ心配するほど持ちあつかってはいませんが、とにかく満腹の同情をこめた作を公けにするつもりです」
「探偵と雲えば二十世紀の人間はたいてい探偵のようになる傾向があるが、どう雲う訳だろう」と獨仙君は獨仙君だけに時局問題には関係のない超然たる質問を呈出した。
「いいえ。斷わる訳がありません。私の方でくれとも、貰いたいとも、先方へ申し込んだ事はありませんから、黙ってい九*九*藏*書れば沢山です。――なあに黙ってても沢山ですよ。今時分は探偵が十人も二十人もかかって一部始終殘らず知れていますよ」
「不用意の際に人の懐中を抜くのがスリで、不用意の際に人の胸中を釣るのが探偵だ。知らぬ間(ま)に雨戸をはずして人の所有品を偸(ぬす)むのが泥棒で、知らぬ間に口を滑(すべ)らして人の心を読むのが探偵だ。ダンビラを畳の上へ刺して無理に人の金銭を著服するのが強盜で、おどし文句をいやに並べて人の意志を強(し)うるのが探偵だ。だから探偵と雲う奴はスリ、泥棒、強盜の一族でとうてい人の風上(かざかみ)に置けるものではない。そんな奴の雲う事を聞くと癖になる。決して負けるな」
「なぜ」
「ええ、真黒です。ちょうど私には相當九九藏書です」
「熊坂はよかったね。一つと見えたる長範が二つになってぞ失(う)せにけりと雲うが、あんな烏金(からすがね)で身代(しんだい)をつくった向橫丁(むこうよこちょう)の長範なんかは業(ごう)つく張りの、慾張り屋だから、いくつになっても失せる気遣(きづかい)はないぜ。あんな奴につかまったら因果だよ。生涯(しょうがい)たたるよ、寒月君用心したまえ」
「なあに、いいですよ。ああら物々し盜人(ぬすびと)よ。手並はさきにも知りつらん。それにも懲(こ)りず打ち入るかって、ひどい目に合せてやりまさあ」と寒月君は自若として寶生流(ほうしょうりゅう)に気 (きえん)を吐(は)いて見せる。
「金田の方へ斷わったかい」と主人はまだ金田を気にしている。